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季孫子、特に季武子が頭に描いていた政治体制の新構想は、おおよそ次の様なものであったと考えられます。 「中央集権を推進、但し季孫子が権力を掌握」 「魯公は名目上の首長に留め、儀礼的な国事行為に限る」 「中央集権達成のために、各地を私領化するとともに、有力貴族をずべて滅ぼす」 「魯公が政治構想を拒否した場合に備え、代わりの者、つまり公太子を設置する」 最低でも、これだけの措置が必要になりますが、その前提として、季孫子が政治を壟断する根拠が必要になります。 すなわち、それだけの血筋と名声、業績を上げている一族であることを証明する必要が出てきます。 つまりは歴史の改変、このために白羽の矢が立ったのが孔子でした。 (続く) 追記 真説「春秋」、真説「論語」、並びに真説「孔子」を、故宮崎市定先生に捧げます。
by 3-shikou
| 2008-06-26 21:20
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