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季武子が目指した政治体制の変革には、3通りの道が考えられます。 まずは「放伐」。 この場合は魯公とその縁者を根絶やしにして、己が公位に就くことになりますが、この種の「荒業」は、大義名分がないと出来ないうえ、他国の干渉を招きますから、得策ではありません。 次に「禅譲」ですが、血統の重んじられた当時、「卿」の身分の者が「公」に上がるのは、まず有り得ないです。 つまり、「公」から「卿」への禅譲も現実として無理があります。 同じ立場の家柄の人物も黙っていませんでしょう。 とすると、第三の道を選ばざるを得ません。 後世、それを理解したのは藤原不比等ただ一人です。 (続く) 追記 真説「春秋」、真説「論語」、並びに真説「孔子」を、故宮崎市定先生に捧げます。 ■
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by 3-shikou
| 2008-06-05 19:54
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